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大正11年(1922年)有島農業主、有島武郎が130万坪の農場を小作人に無償で解放しました、しかもそれは個人所有を認めない小作人全員の土地共有による解放でした。この歴史に名を残す『農地解放宣言』は、ニセコ町の大きなターニングポイントとなり、以来『自主自立』『相互扶助の精神』というニセコの精神的遺産は100年にわたりこの町に生きる人々の誇りとなってきたのです。

そして今、激動する社会情勢の中で、新たな足腰の強い自然基盤産業を育成しゆく為に、ニセコ発の”自然の力をより有機的に活用するあり方にフォーカスしてゆくことが重要であると思われます。

今改めて、ニセコ町の歴史を振り返るとき、この地から発信できる『もの』『心』とは、ニセコに生きる人々の『相互扶助の精神』を事業形態の基盤として、年配者の経験的知恵、女性の柔軟な発想、未来に生きる青年たちの豊かな完成と想像力を集結し開花させる事が、心をこめた”生き物作り”の農業となると確信します。

そしてそれを消費者と連携し、『作る人』と『食べる人』の繋がりの根底にある”安心安全”の絆を結ぶ事を到着点として取り組み、未来に生きる子供達へ胸を張って引き継ぐ事ができる新たな地域スタイルをニセコエリアを軸に形成することを目的をします。

北海道は日本の期待の島である「北海道で『新しい日本』が生まれはじめた」(『東から西へ』毎日新聞社)・・・・・
20世紀の最高峰の歴史家・アーノルド・トインビー博士が、日本の未来を託した北海道・・・
トインビー博士が北海道を訪れたのは、1956年11月,函館、小樽、札幌、登別などを列車や車で移動した,なかでも札幌近郊では
「タマネギ農場」「米作農場」「酪農農家」を訪問,そこで見たのは、古い伝統や「日本的旧弊」から自由になった人々の姿だった!!!
北海道開拓は、欧米の最先端の技術や文化などの「新思考」を学ぶなかで進められた。
やがて、莫大な自然資源を、無償に近い値段で与えるなど、一部特権階級を擁護する封建的な「旧思考」に飲み込まれていく
自由主義的な「新思考」と古い伝統の壁との軋轢のなかで、北海道の人々の中におこった心理的な変革。
博士はそれを「こころの革命」と意義づけた・・・長いものには巻かれろ”という日本人の卑屈な精神風土を変革した        
「こころの革命」日本の希望の天地”とA・トインビー博士が呼んだ
北海道には、その歴史的使命がある・・・・・・・・・。
日本の農業史に残るべき、有島の無償農地解放は、かの歴史学者「アーノルド・トインビー博士が言った『新しい日本』」と位置づけた
北海道史の大きな1コマではないかと考えます。